Member 17 六浦 基晴

 

1) 建築との出会い

 

>建築に目覚めたのはいつですか?

六浦̶ テーブルもその方の作品なんですが、母の友人に国島 征二さんという彫刻家がいます.子供の頃その方とご縁がある人の 別荘によく遊びに行きました.建築家の方が設計した建物で、あっ ちからぐるっと回らないと行けない動線だったり、地下に秘密の部 屋があったりと当時の私が受けた印象はまるで忍者屋敷のようでし た.それが空間を意識した最初の体験だと思います. 成長するにつれて、両親に芸術関係の作家さんのオープンハウスな どにも連れて行かれて、次第にモノを造ると言う行為を刷り込まれ ていきました.

もともとレゴなんかは好きでしたしw 中学のとき、将来の住まいをつくろう!という家庭科の授業があり ました.厚紙で作ったペラペラの家でしたが、上手くできた事が今 でも鮮明に覚えています.高校に入って進路を決める時期に、建築っ てどうなのかなと考えるようになりました.

 

>大学時代は?

六浦̶ 下田さんと同じ大阪芸芸術大学に入学するのですが、彼と 違って私はアメフトしかしていませんでしたw.なので、下田さん とのご縁も実は卒業してからです.

 

>そうでしたか.どのような切掛けで?

六浦̶ 若い独立した設計士10人で構成された「JUTTE」という 名前のユニットがあります.2人ともそこのメンバーです.昨年、 メンバーの一人である大阪芸大の OB がとある大阪の家具コンペに 携わっていたことがあって、その時当選したメンバーがこの10人 です.その後コンペは立ち消えになり、実施には至らないのですが、 折角知り合ったのだから、何か活動をしようと「JUTTE」を立ち上 げました.ところが、当初から心配していたことなんですが、10 人全員が集まれる機会をなかなかつくることが出来ずに、現状、上 手く活動できてませんねw.ただ、私は学生時代アメフトばかりし てましたし、卒業後フランス留学もしたので、日本での建築関係者 のつながりが薄く、今は積極的に活用させてもらっていますw. 

(全文は当日会場にて配布いたします。)

 

2)素養はフランスで、実践的に

 

>怖いので当時怖かった先生が誰かは聞きませんが、え!いきなり フランス留学ですか?

 

六浦̶ その当時、私の英語は高校レベル。ましてやフランス語な んて、という状態でしたが、現地に行ったら何とかなるだろうと思っ て行きました。案の定、語学学校も赤点ギリギリでw、はじめの頃 は語学学校以外は外出せず、引きこもり状態になっていましたw. ですが、とあるご縁で「Atelier_9.81」という設計事務所で研修生と してお世話になることができ、その辺りの問題も徐々に解決してい きました.事務所名の 9.81 は重力加速度からとったそうです.でも、 日本では 9.8 ですねw 

(全文は当日会場にて配布いたします。)

 

3)帰国から独立まで

 

>いつ、日本に戻ってきたのですか?

 

六浦̶ 確か 2008 年の夏にもどってきました.でも今は感覚的に それから2,3年ぐらいしか経っていない感じですがw.若干記憶 が飛んでますねw. 戻ってきて就職活動をしたところ、 

 

 

4)独立後最初の仕事 

 

5)つながりから賢島へ 

 

6)つながりをご縁に 

 

 

(全文は会場にて配布いたします。)

「つながりをご縁に ご縁からうまれる未来」

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