Member 12 冨田 雅俊

 

「コンピュテーションスキルと日本建築の融合をめざして」

1)運良く建築の道へ

 

>建築の道に進もうと思ったキッカケってありますか?

 

 冨田雅俊(以下冨田)—最初に意識したのは中学校の頃にみたテレビ番組ですねw.ビフォアフターやドリームハウスです.でも、もともと作ることは好きでした.

 

>ほう、では作ることに目覚めたキッカケは?

 

 冨田—母方の実家が町工場をしていて、子供の頃はよくネジやナットで遊んでいましたね.小学校の時も、夏休みの工作とか図工の時間とかは好きでした.貼り絵のポスターで賞をもらったこともあります.

中学の時も、副教科だと美術と技術が得意でした.逆に音楽と体育は苦手でしたねw.5教科なら、理系が得意、文系は全滅.特に英語はまるで駄目でしたw よく海外に行こうと思ったなと今でも思いますw

中学のころは、ロボコンにも出ました.一回戦で負けたけど、楽しかった記憶があります

 

>なぜ、呉高専に進学しようと?

 

 冨田—当時通っていた塾の先生が呉高専の電気科出身で、自分でPCを組み立てる様な先生でした.その先生の影響で意識するようになりました.実は、第一志望は機械科でしたw.父親が「建築は就職先が少ないから機械に行きなさい」といわれて.

 

2)京都での院生時代

 

>その後、大学院に進学する訳ですよね?

 

 冨田—大学院は、京都府立大学の河西立雄先生の研究室に進学しました.

 

>なぜ、河西先生のところに?

 

 冨田—正直に言いますと、・・・

 

3)加藤比呂史さんとの出会い

 

>おっと、ここで加藤比呂史さんが登場する訳ですね!加藤さんとは、藤本壮介さんの事務所で知り合ったのですか?

 

 冨田—実はインターンシップの時は、あまり接点がありませんでした.京都に戻ってから、その当時所員希望で働いて方から連絡があり、加藤さんが大阪で展覧会に出展されることになり、学生スタッフを募集中だからやらないかと打診がありました.

加藤さんとは、その後も、

 

4)TREESの誕生秘話

 

5)いざ、デンマークへ!

 

>では、本丸のデンマーク時代の話を!どれくらいの期間いかれたのですか?

 冨田—15ヶ月滞在しました.観光ビザ3ヶ月とワーキングホリティビザ1年ですね.

 

>KATO×Victoriaではどのような仕事をしていたのですか?

 冨田—主に、展覧会の準備、コンペなどが主でしたが、住宅の改築プロジェクト等もありました.

 

6)ヴィジョンについて

 

>今後のヴィジョンはどうでしょうか?

 

 冨田—・・・あと、ライノといった3Dソストのスキルと院生時代に素養を積んだ京都の社寺仏閣の空間構成と掛け合わせたような設計手法を追求して行きたいという野望もあります.

 

>ほう、面白そう!もう少し具体的にいうと?

 

 冨田—例えば、圓通寺の借景がありますよね.圓通寺は・・・

 

>杉田さんも広島のコンピューテンションのリテラシーを向上するべく、私塾を始められましたよね.トミーも連動してはどうでしょう?

 

 冨田—以前も少しだけ杉田さんとその話で盛り上がりました.ぜひ!

 

>最後に、TREESで話し合ってみたいことについてはどうでしょうか?

 

 冨田—誰に情報発信していくか?というテーマについて皆さんと議論したいです.例えば、東京では、広報専門のスタッフがいる事務所があったりします.福岡では、国内というよりも積極的に海外に発信している人もいるようです.デンマークでは、フライデーバーやオープンオフィスなど、一般の方や関係者に向けてPRする場を定期的に設けていました.どこに向けて、これからの広島の建築をアピールして行くのか?について、ぜひメンバーの皆さんと一緒に考えてみたいです.

 

>今日はありがとうございました!当日もよろしくお願いします!

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