Member 11 下倉玲子

 

「幸せそうに使っているところ、使いこなしているところ」

1)妄想系天才美術少女

 

>建築に目覚めたキッカケって何ですか?

 

 下倉玲子(以下下倉)−最初は絵が好きなところからかな.小学生ぐらい.今でもたまに絵をかくけど.中学校の頃は、美術の先生のハートをぐっとつかんで、必ず壁に飾られているタイプでした.

 

>どんな類いの絵ですか?

 

 下倉—イラスト系ですね.デフォルメした個性的な絵ですね.

 

>どうやって美術の先生を虜にする訳ですか?

 

 下倉−例えば、3色しか使わない.赤、青、黄色の三原色だけで自分で色をつくって描く訳です.

 

>なるほど〜、安易に12色とか絵の具のチューブを使わない訳ですね.それは確かにグッときますね.なぜ、そのような絵を描くようになったのですか?

 

 下倉—たまたま小学校のときに出会った先生の方針というか、趣味ですよね.変わった先生で、美術の時間に例えば人参を描こう!となれば、人数分の人参を持ってきて、ひとりひとりに人参を手渡す先生でした.描く時も、鉛筆ではなく、絵の具と筆を使ってデッサンみたいに線で描きましょう!と.そんな先生でした.特に妄想は大好きだったのでw、描いているうちにどんどん妄想が膨らんでファンタジーな絵になっていきました.

 

>ファンタジー・・・・、意外ですねw

 

2)相似は最高、確率は苦手

 

>美術以外で得意な科目は?

 

 下倉−理系の科目は好きでしたね.特に化学と数学.すっきり解けた時の快感が好き

 

>例えば数学でいうとどんな分野が好きですか?

 

 下倉−図形が好き.相似とか最高! 逆に、確率とか苦手.なんでと考えるとダメじゃない.常識だからと割り切らないと解けない.それが苦手.リンゴ5つ、みかんが3つ、袋に入れました.そこからみかんを取り出す確率は?とか、言われたら、リンゴとみかんって触った瞬間にどっちか分かるでしょうwとか、イチイチ突っ込んでしまって解答に専念できない.

 

>笑、笑、笑、

 

 

 

3)東工大時代

 

>そもそも、なぜ東京の大学なんですか?

 

 下倉−もともと小2から中2まで東京にいたので.中3から広島に来て、ノートルダム清心に中・高と通っていました.おそらく、高校の中ではナンバーワンの不良だったと思いますw.

 

>下倉先生が不良!?

 

 下倉−といっても、帰宅途中にお好み焼きを食べていたら、先生に捕まったレベル.

 

>大学時代は?

 

 下倉−成績は良かったですよ.優秀な友達がいましたからw.東工大は第六類といって、一年生の間は建築・土木・社会工学が一緒で、2年になってから学科に分かれます.なので、成績が良くないと建築にいけませんから.

 

4)お勤め時代

 

>そんなにハードでしたか.仕事内容は?

 

 下倉−まず、博報堂とか電通といった広告会社がコカコーラとかトヨタといった大企業から依頼を受けて、新商品などの販促(販売促進)のためにイベントを開催します.そのイベントに関する全ての段取りをするのが会社の仕事でした.クライアント達と打合せ、デザイナー、照明、音響、大道具、モデル、リース会社などの手配、当日現場のコントロールなどですね.

 

>辞めた理由は?やはり体が持たなかったためですか?

 

 下倉−仕事がハードでも未来があればいいじゃないですか.イベントを仕切る仕事は、どれだけ幅広く色んなことを知っているか、つまり広く浅く、オールマイティーな能力が必要でした.長くやっても蓄積しないし、深まったりしないなと.逆に何かの専門家になりたいと思ったことが辞めた理由です.まぁ、レセプションとかやっていると、色んなVIPとかにも会う訳です.当時だと・・・

 

5)研究者の道へ

 

6)ニューヨークに住みたい

 

7)議論したいテーマについて

 

>確かに、恋人と喧嘩したり、キスしたり、何かドラマがうまれるのもタウンハウス前の階段ですよね〜.最後にTREESについて、どんなテーマでディスカッションしたいですか?

 

下倉ー機能と美学が一致した瞬間、パーフェクト.そんなパーフェクトな建築について話ができるといいかな〜.

 

 

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