Member 09 園田慎二

 

「何色にも染まらない自由を」

1)細密描写

 

>建築に目覚めたのはいつですか?

 

園田慎二(以下園田)―目覚めたという感じではないですね。

 

>どんな感じの子供だったのですか?

 

園田―絵を良く描いていました。特に細密描写をよく描いていました。飛行機や乗り物が大好きでしたが、外形を描くのではなく、内部の断面図とか、配線とか、機械の細部を想像で描いていました。

 

>えぇ、すごいですね〜!

 

園田―現在、断面図描く仕事をしていることを思うと、繋がっていますねw。

 

>なぜ、断面図好きに?

 

園田―小学校の頃は漫画の・・・(続きは当日配布いたします)

 

2)一般教養

 

3)色のない自由な環境

 

>法政大学はどのよう印象でしたか?

 

園田―大学の色に染まるのが嫌で、自由なところがいいなと思いました。アエラのムック版で『建築学がわかる』という本があって、この大学にはこういう専門の先生がいるという情報が載っており、高校生のときは良い事前情報になりました。(当時は)都市史の陣内秀信先生、構造の川口衛先生、意匠の渡邉眞理先生などが法政大学におられることが分かり、自由な雰囲気もあり、いいなと思いました。

 

>実際に入学してどうでしたか?

 

園田―良かったですね。先輩後輩にも・・・(続きは当日配布いたします)

 

4)エンリック・ミラーレスのドローイング

 

>卒業設計ではどのようなことをされたのですか?

 

園田―卒業設計は我が道を追求しました。大したことはしていません。設計方法そのものについて考えたいと思って取り組んだ作品です。具体的には、線を引きまくりましたw。ただし、通常の様に敷地条件や建築的な要望から線を引くのではなく、別の要因で引かれた線が建築図面として見立て、用途を規定したらどうなるのかというテーマ設定で取り組みました。結果として、建築図面としてはヘンテコなものが出来上がるわけですが、それを建築という物体に置き換えた時に、社会的にどういった存在になるのか?といった試みでもありました。

 

>ほう、興味深いですね〜!先生達の評価はどうでしたか?

 

園田―そもそも、卒業設計は、「受け入れられる/られない」という評価軸は気にしていなくて、・・・(続きは当日配布いたします)

 

5)磯崎新氏の遺伝子

 

>大学院は?

 

園田―東京芸術大学の六角鬼丈研究室へ進学しました。思い返せば、一貫して磯崎新門下生のところで修行しています。

 

>芸大はどうでしたか?

 

園田―環境が全然違いましたね。課題のあり方からして違っていました。そのギャップが楽しかったです。大学院では、生え抜きの学生と外から来た学生とは雰囲気も違っていました。でも先生達から褒められたことはなかったかと思いますw。

芸大に限らず違うタイプの大学にいったことはよい経験になったと思います。違う人脈、違う評価軸、常識やスタンダードとなる価値観も全て変わる環境を経験ができました。例えば、模型で立てば・・・

 

>就職活動は?

 

園田―しませんでした。このまま建築だけやるのではなく、寄り道はしたいと前から思っていたので、・・・(続きは当日配布いたします)

 

>え!?そうなんですか?

 

園田―一度横道にそれた方がほうがいいかなと。ただ、・・・

(続きは当日配布いたします)

 

6)青木淳建築計画事務所へ

 

>青木淳建築計画事務所に入所したのはいつですか?

 

園田―その後ですね。大学の時から・・・(続きは当日配布いたします)

 

>最後に将来のビジョンは?

 

園田―将来は正直分からないですねw まずは三次のホールを予定通り11月に竣工させるべく、ラストスパートを頑張ります!

 

>頑張って下さい!当日よろしくお願いします。

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