Member 08 嶋渡克顕

 

「「暮らし家」みたいなポジショニングを大切にしていきたい」

<1.建築の目覚め>

 

>(広島市内から北に車を飛ばして一時間半のところにある鳥取県邑智群邑南町羽須美支所近くにある八角形の建屋の事務所にて)

2拠点居住しながら活動をされているとのことですが、ここ邑南町のご出身ですか?

 

 嶋渡克顕(以後、嶋渡)―そうです.中学までいました.ここ口羽地区は邑南町の中でも広島県境に隣接し、通うことができるエリアに公立高校が無くて、高校生になると、みんな寮に入ったり、下宿したり、この地域を離れることになります.

 

>どのような高校生活だったのですか?

 

 

嶋渡―中学生の時に漠然と「建築をしたい」と思っていたので、松江工業高校の建築科に進学しました.一方で、幼少期からずっと競泳をしていて、水泳部で部活浸けの毎日でした.

 

 

>なぜ、松江工業高校へ?

 

嶋渡―独立心が強い方だったのか、実業高校を卒業したらすぐ就職できると勘違いしてました.あおれから、専門学科は違ったのですが、兄も松江工業の卒業生だったことと、当時、水泳部に元日本代表の先生がおられて、その先生から声をかけて頂いたこともその理由のひとつです.

 

 

>なぜ、建築をしたいと?

 

嶋渡―漠然とですが記憶にあるのは、田村正和や木村拓哉が建築家に扮する「協奏曲」というテレビドラマを見たことが「設計・建築家」という職業を意識するようになったきっかけだったようなw

後になって真面目に自己分析すると、実家が築50年以上のぼろぼろの「しもた屋」で、そのことがコンプレックスでした.ああしたい、こうしたいと勝手に改築や建替えのプランを想像していたことが原点だと思っています.

 

 

>工業高校での建築の勉強はどうだったのですか?

 

嶋渡―もちろん、「建築やるぞ!」という熱意はあったので、文武両道で勉強もやっていました.ただ、特別ガリ勉だったというよりは、授業時間内できちっとやっていた感じです.

 

 

>工業高校でも卒業設計ってあるのですか?

 

嶋渡―ありました.設計は誰にも負けないぞと熱を入れてやりました.

 

 

>大学は、広島工業大学へ進学されますよね.その当たりの経緯は?

 

嶋渡―設計がしたしたくて建築科に進学したのに、「高卒の能力では設計職はありえない」と感じ、大学にいきたいと思うようになりました.ただ、一般教養科目の時間が普通科高校に比べて少ないので、工業高校から一般入試での合格は厳しく、推薦入試の枠で進学しました.「弾も数を撃てば当たる」という感じでいくつも受験したのですが、運良く第一希望の広工大に合格したので、迷わず決めました

 

 

>学科はw?

 

嶋渡―当時の土木工学科、その後建設工学科、今でいうと建築学科です.高校の進路指導の際に、「昔の建築学科の流れにある、土木工学科の建築コースの方が就職するときの可能性が広がる」と勧められました.環境デザイン学科の方を押してくれなかったのでw、設計の勉強ができるのであればと決めました.

 

 

>大学時代は?

 

嶋渡―授業についていくのに必死でしたw.2年生の途中から、土木工学コース、建築工学コースに分かれることになっており、それまでの成績で決まるので、特に一、二年生の頃は一般教養科目の単位をとるのに必死でしたね.

 

 

<2.恩師 福田由美子先生との出会い>

 

>どこの研究室で学ばれたのですか?

 

嶋渡―計画系の福田由美子先生のゼミに入りました.ちょうど、僕たちが入学した年に福田先生も講師として赴任されました.入学した最初のオリエンテーションの際に各先生による研究紹介があったのですが、福田先生は絵本を使ってプレゼンをされていました.子どもの絵本の中に社会的な風刺があることを説明されていたのですが、そのインパクトが強くて、この先生しかないな〜とその時から決めていました.

 

 

>ほう!では、フレッシュな頃の福田先生に学ばれたのですね?

 

嶋渡―当時は、多くのまちづくりの現場に出ておられたし、いろんなしがらみもなく,身軽に実践活動を展開されていたので、一番ラッキーな時代に福田研で学べたと思います.大学院の一期生でもあったので、今思うと、先生というより、研究室の先輩のように教え込んで下さっていたように感じます.

 

 

>大学院に進学されたのですね?

 

嶋渡―大学進学と同様に、就活の際にオープンデスクにいくようになって、設計の仕事をする上で、今の能力のまま卒業しても何もできないと感じて、両親に無理を言って進学しました.

 

<3.住まい方調査から学んだこと>

 

>どのような研究をされていたのですか?

 

 

嶋渡―卒業研究の流れのまま研究をつづけました.一言でいえば、公営住宅の住まい方調査をやりました.

当時は、全国的に公営住宅の建替えや改修が盛んに行われた時期でした.公営住宅という持ち家ではない住宅は、そこで暮らす個人の想いとはほとんど関係なく、建替えられます.特に低層長屋住宅から中高層ビルディングへと住環境が激変した際に、住人は新しい住環境に対して何を拠り所としてどのように住みこなしていくのかをテーマに、聞き取り調査を行いました.

また、背景として、祖父母が基町の広島県営長寿園アパートに住んでいて、小さい頃から度たび訪れていました.なので、僕の中で都会の原風景って高層公営集合住宅なんですね.そういっ原体験もあり、木造低層住宅から、中高層集合住宅への「環境移行」の研究に興味を持ちました.

具体的には、立て替える前と後、集合住宅に移り住む前と後を比較し、どういった暮らしの変化があったのか、間取りをデフォルトから改造しなから住みこなしていた従前の暮らしから、新しい環境の中でどのように家具を配置し、部屋を使っているかサーベイしながら、コミュニティも含めてどのように暮らしを展開しているかヒアリングしていきます.その結果からキーワードを抽出し、それらの関係性を分析することで、人が新しい環境で生活を構築する際のアンカーポイント(拠り所)の様なものを探っていきました.

 

 

>何か面白い事例ってありましたか?

 

嶋渡―例えば、人間関係が拠り所となったケースがあります.平屋時代に隣人だった住人同士が、高層化した際、たまたま上下に隣人になったので、ベランダ伝いにカゴを紐で垂らしてお裾分けのやり取りしていた話しなどは印象的でしたね.

鉢植えを拠り所とされていて、植木鉢と一緒に引っ越しをされた方は到底バルコニーに納まり切らず、部屋の中も緑だらけ、玄関先まで溢れかえってたり.

カーテンのない生活が夢で、最上階をわざわざ選んで「うちはカーテンがないのよ〜」と自慢されるおばさんもおられました.

ベランダにある目隠し塀を取っ払って、隣戸で行き来できるようにしていた話も面白かったです.

 

 

>どれくらいの世帯を調査されたのですか?

 

嶋渡―4年生から大学院の計三年間で100世帯ぐらいは住まい方調査をしたと思います.その経験が現在の僕の建築や地域づくりという仕事における哲学を固めてくれているんだと思います.

 

 

>凄い数ですね〜、その他でご苦労された点などありますか?

 

嶋渡―建築学会での論文発表も苦労しました.計画学の分野では、アンケート調査等による定量分析が主流です.ヒアリングと現地サーベイによる調査結果を学会で説明するのは本当に難しかったです.

また、建築家の設計した団地など、基本的に好事例である公営住宅を調査に行きます.すると、すでに見学者が多数訪れているため、住人からすると「またか、うんざり、迷惑だ」という状態からスタートすることが多かったです.どうしたらこちらの話を聞いてもらえ、また、相手の話を聞き出せるかといったところです.

 

<4.「アクションリサーチ」という関係づくり>

 

>どのように住人の信用を獲得していったのですか?

 

嶋渡―まずはお部屋に置いてあるモノを褒めちぎります(笑).

あとは、仏壇があったら「先にまんまんさんさせて下さい」といって手を合わせてからお邪魔させてもらうといったことですね.お礼の手土産や、調査後のお礼状も必須の心得でしたね.

また、福田先生の教えですが、僕の研究だけでなく、福田研では「アクションリサーチ」という調査のスタンスを持って望みます.例えば、調査をする際に調査者と対象者といった関係で一方的にヒアリングするのではなく、住人に話しを聞くことで、その人の暮らしがより豊かになるような関係構築を心掛けました.まぁ、することと言えば、丁寧に話を聞いて、方言をにわか真似して,褒めちぎるだけなのですが(笑).その人が悩んでいることや、大好きなこと、「やろう!」としていること、コミュニティにとって有益なこと、どんどん背中を押してあげるような気持ちを込めて褒めてました.

 

>なるほど〜「アクションリサーチ」という調査スタンス、興味深いです.つまり、こちら側とあちら側で距離を置く関係ではなく、当事者側に飛び込んでドラム役やベース役をかってでる訳ですね.

 

嶋渡―そうなんです.すると、「いい娘がおるんじゃが〜どーじゃろ〜」といって、結婚話をもって来てこられたり…大げさに言うと、向こうもこちらもお互いの人生にアクションしあうような関係に不思議となりますw.

 

>やはり、ヒアリングの対象となる方はお年寄りが多いのですか?

 

嶋渡―そうですね、高齢者の方が多いです.若い方もいなくはないですが、公営住宅はそもそも低所得者層のための政策的なビルディングタイプです.現代

は若い人もある程度の年齢になると、相応の所得を得られるようになり、公営住宅から出て行かざるおえない状況が多いことに起因しています.また、「環境移行」ということに着目していたので,環境心理学において、変化に順応しにくい傾向にあるとされていた高齢者を対象とすることで、論としては整理がしやすいという意味もありました.

 

<5.設計と研究>

 

>ゼミ配属されてからは、研究一本で設計には取り組んでおられないわけですね?

 

嶋渡―基本的にはそうですね.でも、実は学部の卒業研究は論文と設計、両方やりました.大学の方針ということではなく、福田先生の方針として、「大学院に進学する人は就職活動をしないわけだから、論文と設計と両方やるのが当たり前!」と…卒業論文に基づいた住民参加型の公営住宅建替計画を提案をしました.

 

>ゼミ活動として、設計する機会はあったのですか?

 

嶋渡―研究室に配属されてからは、所謂美しくデザインするための設計という意味でゼミ活動としてはほとんどやってなかったように思います.しかし、どうやって建築をつくりあげていくかというプロセスにおいては、その当時に学んだことがそのまま生きていると思っています.特に,先ほどお話した住まい方調査で様々な家族像とその暮らしに触れられたことは、現在の設計活動に必要な引き出しをたくさんつくってくれていると思ってます.

また、研究論文も設計もアウトプットの物理的な形が違うだけで、そこにいきつくまでのプロセスは同じだと当時から思ってましたし、現在の仕事の上でもそれは変わりません.

それと、大学院の時に学科、研究室の枠を超えて、環境デザインの村上研の仲間とチームを組んでコンペに取り組んだ経験も大きいです.なんせ物理的にアウトプットする作法が僕らは圧倒的に下手だということを改めて感じましたが、同時に、ものづくり・デザインってやっぱり楽しいと思いました.

 

>なるほど〜.兎にも角にも福田先生の影響が大きいわけですね〜(余談ですが、福田先生って怖い先生なのですか?)

 

嶋渡―もう全てにおいて影響を受けましたw.特に大学院生の時は常に先生にはり付いてどこにでもついて行きました.怖いと思ったことは一度も無くって、ダメだしというか、叱られていたんでしょうけど…先輩からの教育的指導だとポジティブに捉えてました.

建築はもちろん、まちづくりや地域づくり、僕の仕事における哲学に大きな影響を受けていますw.

 

<6.勘所を抑える>

 

>福田先生以外で、学生時代にこれは学んだぞ!てなことってありますか?

 

嶋渡―今でも忘れられないことが一つあります.初めて公営住宅の住まい方調査に入った時のことです。福田先生の知り合いのコンサルの方に紹介して頂いて…先生も事前打合せの席には一緒に来てくれたのですが、いざ団地役員さんへの説明会の時、なぜか来てくれませんでしたw。心細い中、そのコンサルの方が「初めてコミュニティに入って行く際は、とにかくスピード感だけ気をつければ良いから」とアドバイスをくれました。それが金言になっています。

 

>「スピード感」というのは、具体的にいうと、どういうことですか?

 

嶋渡―最初はピンと来なかったし、具体的に説明すると陳腐な表現しかできないのですが、話すスピードとか、間とか、その間が意味することとか、何度かそういった経験を繰り返すうちに、なんとも表現し難い「空気感」のようなものが、それぞれのコミュニティで違っていることに気付かされました.

我々の様な外の人間が入っていく際は、最初の入り方が重要で、呼吸を合わせるように自然に入っていけると、後々も上手く行くのですが、逆にその呼吸が合わないと、なかなか前に進みません.

それは個人住宅でも同じだと感じています.クライアントとの最初の打合せはとても重要で、話のストーリーや、言葉のキャッチボールの間合いや距離感とか、ちゃんと同じスピードに乗れているかどうかいつも意識しています。まちづくりや地域づくりのワークショップもしかり…初回の一歩、会の導入部に最も神経を遣います.と言ってしまえば、案外当たり前のことだったりもしますね.

 

>なるほど〜、こちらが話すより聞くに徹した方が親しい関係になることが多いのは、そういうことだったのかもしれませんね。勉強になりますw でも、一人でそのタイミングをはかるのは難しくないですか?

 

嶋渡―地域づくりでサポートに入る際は、可能な限り信頼できるパートナーと二人で行きます。説明役と司会役とか、厳しく突っ込む役ととフォローする役とか、役割分担を必ずしますね。この役割分担を暗黙の了解で入れ替わりながらすることができるパートーナーがいると、円滑に機能します.

 

<7.「暮らし家」というスタイル>

 

>嶋渡さんの中で設計活動と地域づくりはどのような関係にあるのですか?

 

嶋渡―僕の中では、地域づくりも設計活動も同じ姿勢で取り組んでいます.しいて愛称をつけるとすれば、「暮らし家」みたいな…住宅をつくることもコミュニティを再編することも、「暮らしづくり」という意味では同じだと思って活動しているつもりです.

仕事の拠点は、邑南町のこの場所と広島市内の自宅兼事務所です.毎週、平日の3日程度はこちら、残りは広島市内といった様に二地域居住しながら仕事もライフスタイルも同調しながら展開しています。

邑朝町では、NPO法人ひろしまねの主任研究員や島根県中山間地域研究センターの客員研究員といったポジションがあり、クライアントの要求に合わせてケースバイケースで使い分けながら、地域づくりに携わっています.設計の仕事は、独立してから、住宅を年に一棟くらいのペースでやってます.進行形の続いて終わりそうな頃に次の依頼がくるといったラッキーな状態が続いてますね(笑).

 

 

>そのような仕事に対する考え方は、前職で培われたのですか?

 

嶋渡―就職活動を始める当初から、建築設計だけでなく、まちづくりコンサルもできるような事務所に就職したいと思っていました.でも、両方をきちんとやっている事務所は全国を見渡してもなかなか見当たらないわけです.またまた、福田先生とのご縁もあり、福岡を拠点に建築設計もまちづくりもしている事務所に就職しました.

しかし、就職する前から二足のわらじを履くつもりもありませんでしたが実務となると、完全に二足のわらじだったようにも思います.独立してからは所謂コンサル業務としての委託業務は請けないことにしています.

リサーチをして問題を明らかにし、初期条件や課題をどう束ねて解法を探るかといった意味では、設計も地域づくりも同じスタンスでしています。地域に入って行くときも、設計をするときのように、手を動かしていますし…模式図の様なものを書いて整理したり、書きながら新しい可能性などを探ったりしています。そういう意味では、建築設計の出来る人はまちづくりや地域づくりといったコミュニティのコーディネイトもできるのではないかと思います。

 

<8.独立後の設計活動について>

 

>独立後の設計活動についてお聞かせ下さい。

 

嶋渡―ならば、すぐ近くにこの春竣工した住宅がありますので見に行きましょう.(車で5分ほどのところの住宅「sweet10の家2」へ移動。30分ほど見学した後、事務所に戻ってきて)

 

 

>キッチンからの眺めが最高でしたね〜。景色と住宅の関係性が上手くデザインされていました。敷地断面図的な完成度の高さを感じましたね。

 

嶋渡―確かに、キッチンと家事動線を最初の抑え所として検討しましたし、キッチンの向きは間取りがほぼ固まってからも、最後の最後まで施主と一緒に熱く検討しました.気持ちのよいキッチンと水回り家事動線を中心に、余った場所がリビングといった構成ですかね。三人のちいさなお子さんがおられるので、日々のごちゃごちゃとしたことと、来客や非日常の出来事とをキッチンを中心にうまく暮らし分けできる家事動線を意識しています.あとは、佇まいとして周辺環境との関係にも気を遣ってます.

 

 

>なぜ、そのような構成にされたのですか?

 

嶋渡―最初に、家族のライフスタイルについてヒアリングするのですが、このファミリーの場合、奥さんがキーマンで家族の舵取りをされていました.そこをしっかり抑えると、他の部分も豊かになって行くんじゃないかと感じました.

奥さんが楽しく、円滑に家事をこなせる事が、で旦那さんも子ども達ものびのび暮らせる状況づくりに繋がるとし、隣に大きいお婆さんとクライアントの両親が住んでいて,別棟だけど同じ敷地に4世代が暮らすというプログラムをとにかく円滑に運ぶ事が最大のミッションだと思って設計しました.だからキッチンから見えた美しい畑の風景はご両親が耕作されている土地で.そんな人間関係と関わるキャストの暮らしぶりが新しく出来た住宅を引き立ててくれていると思ってます.

学生時代の研究ともリンクしてくるのですが、根本的にどの暮らしにも抑え所があって、そのポイントを豊かにしておくと他の部分へも良い波及をして行くと思っています.

もちろん、配置計画やボリューム感等、プロの目で抑えておかないといけない部分も大切にします.その他の部分は、極端な話、施主の言いなりでも良いといったくらいのウェイトづけになるかもしれません.

 

 

>設計者が隅々までコントロールするのではなく、根や幹となるところは抑えるが、枝葉の部分はクライアントに委ね、柔軟でよいという設計スタイルですね?

 

嶋渡―どちらかというと、住宅の設計プロセスを通して、家族の暮らしとか人間関係をチューニングするイメージです.だから、竣工後、クライアントがあれこれDIYした写真を嬉しそうに送ってきてくれた時、上手くいったなとこちらも嬉しくなりますね.なので、これまで建築としての竣工写真をちゃんと撮っていなくて…むしろ、引越を終えて、出来上がった家の前でクライアントの家族写真をとって完成といった感じです.

住宅には耐力の様なものが必要だと思っています。物質的に色あせたり、味が出たりすると同時に、人も歳を取ります.家族構成や暮らしの変化に耐える住居になっているかどうか、暮らしの器としての強度みたいなものを重要視しています。そういう意味では、単にクライアントに委ねるのではなく、ちゃんと余白を残しつつ、かつその余白に意図した仕掛けをしておきます.その意図を超えた瞬間をみた時が一番面白いですね.

 

 

>他の住宅についても同様な設計スタイルで?

 

嶋渡―基本的には同じ考え方だと思ってますが、一番最初の住宅は今思い返し

ても、どうだったかなぁ…という感じでとにかく必死でした.しかし、なぜか、これまでずっと敷地環境に恵まれてきました.どの住宅もロケーションが本当に良くって.

昨年の夏休みに、僕の息子達に親父としての仕事を見せたくて、設計した住宅を見学して廻るツアーをしました.父の想いとは裏腹に、小学二年生だった長男に感想を訪ねると「うーん,景色が最高だったね!」って(笑).きっとそれが一番素直な感想として正解なんだと思いました.

 

<9.独立後の地域づくりについて>

 

 

>こちらの事務所では、主にどのような活動をされているのですか?

 

嶋渡―ここでは、主に、昭和の市町村合併前の村規模のエリアをフィールドに、このエリアで暮らし続けていくための仕組みづくりに取り組んでいます.他所の地域でも同様なケースもありますが、この口羽地区ほどべったりではなく、スポット的に関わるケースが多いです.後は、地域計画や条例の策定にむけた会議のファシリテーターやワークショップの企画・運営などなど、地域づくりの仕事は説明するのが難しいのですが、基本的に、設計と同じで、暮らしのチューニング役ですね.

 

>地域づくりにおける勘所とは?

 

嶋渡―やはりコミュニティに入って行く時や新しいプログラムに入っていく時「のスピード感」でしょうか.

また、今住んでいる人達が元気になることを考えるのが基本だと考えています.定住促進で人口増加とか、産業の発展とか、観光で地域おこし…そういった一般論的な「地域活性化」という観点からは僕が関わる意味を見いだせてません.極端な話、仮に衰退していく定めであっても、どうせなら楽しみながら衰退しようという発想があっても良いと思います。一方で、自分の子ども達にも置き換えて考えたり…僕はこんなに豊かなフィールドを受け継いできたわけですから、どうやって次世代へ田舎という環境資源をつないでいくかということは大切だと感じています.

 

<10.ビジョンについて>

 

>これからやってみたいことはありますか?

 

嶋渡―「暮らし家」と名乗れるようなポジショニングを大切にしながら、社会的にも職能として認められるような活動を展開していきたいです.

建築設計に絞って考えると、たまには一級建築士規模の仕事をやってみたいです.修業時代は割と大きな建物、歩道や公園の設計もやりましたね…公的建築物の設計が多かったのですが、現在の僕は二級建築士なので.一級建築士の資格を持ってるパートナーが必要不可欠なんですが…(苦笑).スタイルの異なる同業者や職能の違う仲間とワークショップスタイルでプロジェクトに取り組むのは面白いと思ってまいます.

例えば、公共建築の実施コンペをTREESのメンバーでセッションする様な流れになっても面白いのかもしれませんね。

 

 

>確かに、そうなると面白いことが起きますね。ぜひ提案して下さい。当日もよろしくお願いします!

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